2009年02月20日

◆自家製の病気と医家製の病気 7

以前紹介した、バリント夫妻の「医療における精神療法の技法」に、“結論 自家製の病気と医家製の病気”という章があるのは、すでに紹介しました。その中の一つの文章に焦点を合わせます。
『患者が訴えながら診察室に入ってきたときにはー動詞の目的語を故意に省略するがー彼はすでに自分の新奇な感覚、恐怖、疑惑および苦痛などから、多少とも一定の病像を作り上げて折、これは自家製の病気(autogenous illness)とでも呼ぶことにしよう。』という文章です。
始めて自家製の病気が登場する部分です。
翻訳文なので、読みにくい文章ですが、私なりに、書き換えてみます。
{患者は、具体的な症状を、冷静に訴えるのではない。自分の普通とは異なった身体感覚(例えば痛み)、その感覚についての自分なりの解釈、不安、恐怖、などが、渾然一体となった、病める存在 として、医師の前に現れる、今、此処に}
 今回の中年女性の場合だと、①左胸の鎖骨の下あたりの異常な身体感覚 ②近所の63歳の男性が心臓発作で倒れた出来事 ③痛みにナイーブであったこと ④共働きで2歳の子供を持つ娘への遠慮 ⑤時間外の病院の外来を受診することへの緊張 などが一体化し、病める人と化して、診察室に現れたのです。こうした、分析自体、本当は余計なもので、分けられない病める存在として、現れたのです。
「あの患者はちょっとね」、「あの患者は診療内科だね」、「あの患者は、精神的なものが絡んで」、「ややこしい、患者で。病気以外のことがね。」
医療者同士でこうした、会話が交わされることが しばしばです。もう少し、進むとヘンな患者とか、あまり診たくない患者ということになります。
しかし、多くの場合、医療者にとって、不可解に見える部分は、病んだことから、滲み出してくるもので、そもそも心と身体という、分けられないないものを医家の都合で分けて、自分は身体を診る医師だから、心が絡んでるようなら、精神科か心療内科へという発想は、病める人には、どうでもいいことです。
しかし、心と身体を分けてしまう観念の、呪縛は強力で、医療とは 無縁の一般人も、同様に考える方が多いようです。

こうして、病める存在として、現れた人を、医師としては、医家製の病気に押し込める作業に入るわけです。身体医学的な、問診―診察―検査―診断―治療 です。
しかし、病んでいる経験の、一部を押し込めたにすぎません。残りの相当部分が、“感情を伴った人間関係”に流れ込みます。かなりのエネルギーを抱え込んで。
精神分析という言葉は、ご存知の方が多いと思いますが、精神分析で治療する中で、「転移」と「逆転移」という現象が、気づかれました。
「転移」は、精神分析を受けている患者(クライアント)が、治療者(セラピスト)に、特別の感情を抱くこと。「逆転移」は、精神分析をしている治療者(セラピスト)が、患者(クライアント)に特別の感情を抱くことだそうです。
この現象に気づいた当初は、薬の副作用と同様に見做された、つまり、精神分析の副作用だと否定的に評価されていたが、次第に、むしろこうした感情の動きは、治療効果を上げるものだと変わってきた。
但し、治療者(セラピスト)が、「転移」や「逆転移」に、自覚的であることが、治療効果を上げるための、必須条件だとのことです。その前提になるのが、治療者(セラピスト)が、自分の感情の動きを分析できることです。
その質を確保するために、治療者(セラピスト)が、精神分析を受けることが,要請されそれを“教育分析”と言うそうです。
現在では、精神療法(心理療法)の中の1分野として、精神分析があります。多数の精神療法(心理療法)で、共通するのは、クライアントとセラピストの感情を伴った人間関係の重要性です。
バリントの卓見は、ありふれた身体疾患の患者―医師関係においても、感情を伴った人間関係が、時に、薬や処置以上の、効果を発揮する点に気づいた点にあったのではないかと 私は思います。
医療的介入(治療しようとして、何かすること)は、効果の反面、副作用と裏表であることは、医師にとっての常識です。感情を伴った人間関係が、副作用を生じることもしばしばです。
 一番、怖いのは、身体科の医師が、強力な精神療法に突入しながら、そのことに、無自覚であることです。精神分析で“教育分析”が必須とされたことを考えても、自覚的であることの重要性は明らかです。
薬の副作用も念頭におかずに、思いつきで薬を処方するようなものです。
自家製の病気と医家製の病気は、一般的な身体疾患での治療関係を考える導きの糸になるイメージだと思います。
半世紀前に活躍した、バリントの卓見は、現代の日本では、とても必要なものに思えるのですが。


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Posted by 杉謙一 at 07:13│Comments(0)診療の徒然に
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