2009年02月15日

◆自家製の病気と医家製の病気 3

例えば、中年の女性が、土曜日の朝目覚めると、左胸の鎖骨の下あたりに痛みを感じます。次第に注意が痛みの部分に向きます。最初は、時々意識に、上ってはまた他のことで取り紛れていたのが、次第に頻度が増えます、「そういえば確かに痛い」。 もしくは、遠くから望遠レンズで見ていた山の頂上に次第に焦点が合うように、意識が左胸の痛みに焦点を合わせていく。当然いろいろ考えます。「そういえば、心臓は左にある」。
近所の63歳の男性が、家で倒れて、救急車で病院に運ばれ、帰らぬ人となったのが思い出されます。「心臓の発作は怖いらしい」 痛みはどんどん強くなります。特に身体を動かすと イタタという感じです。
「これは、ただごとではない。きっと何かある」不安が生じます。もう土曜日の午後です。時々、風邪引きでいく近くの診療所は休みです。
一人暮らしの女性は、娘に電話しることを決断します。土曜日は半ドンの娘は午後2時には、家に帰っているはずです。共働きで2歳の子を保育園に預け、忙しい毎日をおくっている娘です。
保育園がインフルエンザの為、閉園になって、娘はにっちもさっちもいかなくなり、数日前まではこの女性が2歳の孫を預かっていたのです。電話を受けた娘も悩みます。普通、身体の不調を訴える母親ではありません。「あのお母さんが電話までしてくるのだからきっと病気なんだ」
大きな病院なら診てもらえるだろう。母子は相談し、○○病院に電話します。もう午後4時です。受付の人が出て、どうぞということで、娘は2歳の子供を、車の乗せ、母親をピックアップして、病院に向かいます。痛みと不安が募ります。
○○病院は、救急医療体制の病院ではありません。100床弱の中小病院で、8人の常勤医は、1時過ぎには帰ってしまい、居残りの常勤医も午後3時までです。
3時から月曜日の朝までは、大学病院からのアルバイトの医師が、対応するシステムです。アルバイト代は高くないのですが、大学医局の医師仲間では、夜間 起こされることも少なく、急患もあまりこない病院だというのが、定説で、そういう点で人気のある病院です。  本日も3時から、大学病院の△△医師が、当直室に待機していました。
他方、病院側の事情もあります。中小病院でこれといった特色もない○○病院は、経営難に苦しんでいます。
院長も医師、病院協会で、「先生、○○病院さんは、地域の中核病院として、救急医療についてもよろしくお願いします」と声をかけられるのです。経営者としては、大学病院から派遣されたアルバイト医師に急患を積極的に診療してもらって、当直医に払うアルバイト代程度は稼いで欲しいという気持ちも正直あります。
ただ、医師同士の文化では、そういうことをあからさまに言うのは下品なことだとされています。結果的に、○○病院の院長は、受付に、時間外診療の依頼があった時は、絶対断らないようにと厳命することになります。
他方、本日の当直医の△△医師は、現在 論文を書いています。長期間、苦労してデータを出し、まとめて論文にしているのです。締め切りが迫っています。
大学病院での身分は研究生で無給なので、生活はアルバイトで稼いでいます。
今日の○○病院の土曜日―日曜日の当直は、給料はもう一つですが、この間、論文に向ける時間が集中的に取れるのがメリットです。当直室に入ると、パソコンを立ち上げ、文献を広げます。
 とりかかろうとするところに受付の事務から、電話です。「先生、急患です。お願いします。」
「ウーン」一呼吸おいて「わかりました。ちょっと待たしといて」
△ △医師にとっては、出鼻をくじかれたといったとこです。
なんで、受ける前に医師のOKをとらないのだ。この病院は、救急体制が不十分で、検査もロクにできないから、まず話を聞いて、大変そうなら、数キロ先に救急病院があるから、そちらを紹介するのが、患者のためでもあるじゃないか。今の厳しいご時世、1回 やり被ったら、病院も致命的な打撃を受けるんだよ と様々な、考えが渦巻きます。ネガティブな感情を伴って。
しかし、アルバイトで生活を支える身、強くは出れません。暫し、大きく息を吸って、1回の診察室に下ります。
 他方、診察室では、中年の女性が痛みと不安で、苦しそうな表情を浮かべ、娘が心配そうにそれを見て「センセイは、まだ来ないの」とイライイラし、2歳の子は、無邪気に歩き回り、当直看護師は気を使ってという場面です。
こうした“設定”で、患者と医師は出会ったのです。


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Posted by 杉謙一 at 06:13│Comments(0)診療の徒然に
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