2008年10月02日

◆医療の現在 効く薬の功罪 4

人類の永い営みの中で、医療も永く存在してきたのですが、医療に期待されてきた大きな役割の一つは苦痛を軽減したり、緩和したりすることでした。
 しかし、もう一つ大きな期待がありました。奇跡的な効果を達成することです。もう駄目かと思われた状態を、良くすること。激しい苦痛を忽ち取り除くことです。非凡な力を呼び起こして超常的に実現してしまうこと。あたかもマジシャンのように。
前者は“癒しのわざ師”のイメージ後者は“超常的わざ師”のイメージです。
いずれも個人芸の色彩が強く、個人芸を鍛える長い修行の期間があり、技量は師から弟子へ伝授されました。こうした文脈で考えると、ペニシリンは超常的技を一般化したと言えるかもしれません。
私のようなヘボ医者でも、効能・効果の対象となっている感染症に、標準化された薬を用法・容量通りに使用するとかなり鮮やかに直せるのです。感染症に対するペニシリンは。“超常的わざ師”の現代版と言えるかもしれません。
他方 ①苦痛を軽減する薬:痛み止め、睡眠剤、熱冷まし、下痢止め、胃の不快な症状を取る薬等は“癒しのわざ師”の現代版かもしれません。
不安と緩和する、眠りに誘う、痛みを軽減する 以上三つが代表的な苦痛の軽減だと思うのですが、これらの薬も、近代以前に比して長足の進歩を遂げ、規格化された薬剤が、効能・効果、用法・容量、副作用情報などとともに医師に届けられます。
しかし、患者さんの受け取り方、薬に対する態度は微妙に違うのです。例えばペニシリンに象徴される抗菌薬を使用するとき“良く効くのですが、あまり効くのでちょっとね”という方は、まずおられないと思います。そもそも感染症に対して適切な抗菌薬を選択することは医師の専権事項だと、お互いに了解しているようなとこがあります。
しっかり考えてしっかり直して欲しい。副作用は出さずにというのが患者さんのありのままの気持ちでしょう。
 しかし、例えば睡眠剤は違います。不眠症という病名があります。国際疾病分類では、睡眠障害といういささか無味乾燥な病名になっています。
私は不眠症の方がイメージが湧く病名だと思います。眠れないというそれ自体は、しばしば生じる現象に焦点が合って悩みとして病気になったというイメージです。
病気は、外在的に実在する側面と、本人が拘り悩むことによって病気に昇格する?という主観的側面がいつも入り混じっています。病気の記述が、“主訴”(=困りごと)から始まるゆえんでもあります。
こうした、病気というものの不可解な一面を“不眠症”という病名はよく示していると思うのです。
 眠れないことに焦点があってそれが拘りから困りごとに変化し、慢性化し主訴となり、医師を訪れて相談しようと決意する。こうした流れです。
ただこの場合、精神疾患(例えば統合失調症)による不眠と、時差による一過性の不眠などは除いています。
こうした、自分で創りだした困りごとは多分 ヒトのヒトたる由縁とさえ言えるかもしれません。
ここで登場する①のグループの薬で、「いやいや、どうも ここまで効くのはちょっとね・・」という言葉が出てくるのではないかと思うのです。
そこで患者さんが、無意識に求めているのは“癒しのわざ師”としての医師ではないか?
近代医学が行き渡る以前、数万年以上の医の歴史で連綿として続いてきた医の一側面なのです。
次回に続きます
  

Posted by 杉謙一 at 05:37Comments(0)診療の徒然に